農園





食べることは生きること。
生きることは命を頂くということ。



大切に飼われていた鶏さんを殺めさせて頂いて、
捌いてお料理をする。。。
部位・内臓ひとつひとつをしっかり見て触って、
どういう風にお肉として頂くのか
その、一連の流れを初めて体験したのは何年前だったかなぁ。



初めての時は、ブルブル震えてしまったんだけれど。
回を重ねるごとにいろんな想いが生まれたり、自分や大切な人の命への向き合い方が変わった。



やっぱりあの体験のおかげで、
自分の命をちゃんと全うして生きていかなくちゃいけないな、、、と
お腹の真ん中あたりで確信できたような気がするし、
それ以来
娘は出されたご飯を一粒残らず
残さず食べるようになったのは事実。
「命に責任を持つ」
ってことを肌で感じることができた。




(肉食については、いろんなジャンルのいろんな意味で
賛否があるけれど、それについてはココでは触れません)




食事に対して正しさを求めていた頃、
頭で食事をしていた。
肉食についてもそう。
肉も卵もしばらく断ってみた時期もあるし、
(牛乳は不必要と判断して今も飲まないけれど)


動物性食品を悪だとしたり、
砂糖を悪だとしたり、
(砂糖は確かにウチに置いてないけれど)

知識として得たいろんな分野のアレコレが自分の腑に落ちるまで、いろんな食べ方を試した。
選択できるようになってから何年もかかって、
自分たちらしい食事のスタイル、
我が家らしい食事の哲学が築き上げられた。

主人と想い方が同じことがとても嬉しいし有り難い。


本来「頂く」とはどういうことなのかね...

食事って、どんな時間なのかね...



なにが身体にいい、ナニが身体に悪い、
そこだけに囚われない。
頭で食べるんじゃない。腹で食べる。

畑をやればやるほどつくづくそう思う。


「頂く」の意味を、
10歳の娘の腹で、いつか感じてくれる日がきますように。


はなうた家